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ルンペン編2
今回は姐御の言い付けでズーさんの故郷へでかけます。 ズーさんの故郷は高郷村。ズーさんは冗談半分に言いました。 「山の高い所の村だから高郷って言うんだよ。 夢さんおおよその察しはつくだろう。」 私は半分にしかとっていませんでした。が実際に行ってみると、遠い遠い。 福島県に入り、会津若松を通り、萩野駅から引き返すように戻る、 それから先は山道を走るおんぼろバスしかない。 地元の人に尋ねると、当時バスで走って二時間かかると言いました。 なれない私は酷い揺れにバス酔いしてしまいました。 高郷村のバス停に着き、運転手にズーさんの故郷の部落のことを 尋ねますと、谷沿いの山道を一里半程歩いた所だと言いました。 一里半とはやく六キロであります。既に四時、 山間の村ではもう薄暗くなり掛けています。泊めてくれる宿もない、 困ってしまいました。バス停の近くの雑貨屋で泊めてくれる 所はないか尋ねますと、 「この辺りでは駐在さんもないし、むりだね。」 と、あっさり突き放されてしまいました。困った挙句農家を 尋ねますと、私と同年代ぐらいの男性が出てきました。 訳を話しますと、 「そうかい、そりゃー大変だねい。この辺じゃよそ者は泊めて くれないねい、ちょっと我慢すりゃ泊めてくれないでもない 所あるけんど、行ってみるけーね、。」 無理に標準語を話そうとしますから、私は聞き取り辛くて本等の 意味は分かりませんでした。 が、大凡そんな所だろうと解していました。 私は男性が案内してくれるままに着いて行きました。 歩きながら止めてくれるところの話をしてくれました。 四十代の母親と十七歳の娘がいて、風呂がないから お湯を沸かして体を洗ってくれる。 母親を選ぶか娘を選ぶか、好きにしていいが、娘は百円高い。 行ってみると昔の防空壕の跡らしい。 親子は都会で暮らしていましたが、娘の父親が出兵した まま帰って来なかった為、父親の郷里を頼ってきたが、 何れも小作農で身内が食べるだけしか収穫がない。 しかし父親が戻ってきた時、誰もいなかったら、と思うと村を 離れる事は出来なかったと言ったそうです。 とにかく私は一晩泊まる事にしました。 話に聞いたとおり、母親が尋ねました。 「私と娘どちらにします。」 この母親綺麗な標準語で話ます。 私はとっさに答えました。 「二人一緒がいいなー夕食できるかな。」 母親は呆れたように言いました。 「夕食作りますけど、どちらか一人にして下さらないかしら。」 私は聞いていましたから、 (客が付いた方が客の相手をしながら、 ご馳走を食べると、) だから私は二人一緒にと言いました。 「いいじゃないー、二人分お金払いますよ。」 母親は安心したらしく、娘にお酒を買いに行かせました。 その間に母親はお湯を沸かしながらお酒のつまみの 料理を作っています。娘が帰ってきて、 母親と二人で私の体を洗ってくれました。 至れり尽くせりのサービスです、私は思いました。 (下手な旅館に泊まるより余程いいや。) と、体を洗ってもらうと、飲めや歌えの大騒ぎとまでは いきませんが、かなり楽しくやりました。 私は酒に弱い方だったので、 何時しか眠ってしまったらしい。 目を覚ますと娘が朝ごはんを用意してくれていました。 食事を済ますと私は母親にお金を渡しました。 母親は言いました。 「お兄さんこれでは多すぎますよ、私が六百円、娘が七百円で 1千三百円でいいんですよ。 それにお兄さん全然私達の体抱かなかったでしょう。」 私は心の中で計算していたのです。 (旅館に泊まれば一晩二千円は掛かる、ビールを飲めば つまみ代と共に千円ばかしでは足りないだろう。 この親子のサービスは芸者以上のサービスだ、 姐御にもらった宿泊代は一晩二千円。 千円は自分で出してもいいや。) と、私は親子にお礼を言ってズーさんの生まれ故郷へ 歩き始めました。 ズーさんの家はすぐに分かりました。 私はズーさんに頼まれたと 言って、娘さんを 会津若松の総合病院へつれていきました。 医者は医療費の心配をしています。 私は医者に姐御の名刺を渡しました。 医者は早速電話をかけて確かめました。 女中さんが出たらしく、何か尋ねていました。 医者は驚いたように私に言いました。 「先に言って下さいよ、参議院の先生の後援会長 だって恥を掻かせないで下さいよ。 このご婦人のご主人が、後援会長の秘書の方 なんですね。分かりました。よろしくお伝えください、 せいいっぱ治療いたしますと。」 そんな訳で当座の治療代として、姐御に預かってきた 十万円を医者に渡し、ズーさんの奥さん達の生活費 2万円を渡しました。 当時の十万円は現在にすると五百万円位でしょうか、 私は役目を果たして帰って来ました。 そして待ち受けていたのはあの恐ろしい刑事、 湯河原の事件の時、強引に罪を認めさせ、 私を無実の罪に陥れようとした、 あの時の刑事でした。 私はその顔を診ただけで身震いしました。 そんな私を見て刑事は言いました。 「やはりなー身に覚えがあるから警察を見ただけで 脅えるんだ、今度は白状させてやるぞ、覚悟して置けよ。」 その時私は思いました、 (又かー、) その訳は湯河原の時、昼は看守に眠らせないように 言いつけ、夜な夜な眠らせないで攻め立てるのです。 湯河原の時は (このまま気が狂ってしまうのではないだろうか、) と、思ったほどでした。 刑事は仲間たちの見ている前で、 私の両手を後ろに廻し、手錠をかけ腰の辺りをロープで 縛り、引きずるように連行したのです。 その屈辱は忘れることの出来ないほどです。 現在はその頃とは全く様相が変わり、どの辺りからか 分かりませんが、人通りの多い道を延々と歩かされました。 今に思えば中央から三方に分かれた木造の 橋が掛かっていたように思います。 その辺りに公会堂があり、そこから大勢の人が 出てきて珍しい物でも見るように囁いていました。 その話し声が耳に入ると、悔しさに独りでに涙が零れ 落ちた事は未だに覚えています。 一回りして警察署に着くと刑事は先回りして 待ち構えていました。刑事は言いました。 「取調べは今夜からだ、お前たちの仲間に残飯でも 差し入れてやれって言っといたから、死なない程度には 何か餌を運んでくるだろ。」 と、にやりと笑い言い捨ててどこかへ行ってしまいました。 私は何の咎で逮捕されたのか分かりません。 看守に尋ねますと、 「わしは任務が違うから分からない。」 と、答えました。私は訳が分からず、 不安を抱えたままで夜を迎えました。 晩秋を迎えた留置所は日暮れが早い、 署員達が一人二人と帰って行く様子窺えます。 誰もいなくなる頃にはあの刑事がやってくる。 私に恐怖がやってくる。 壁にかけてある大きな時計が、 ボーンボーンと7時を知らせます。 コツコツと聞き覚えのある靴音の調子が近づいてきます。 私はぶるぶるッと身震いしました。 案の定その夜は一睡もさせずに攻め立てられました。 逮捕のわけを聴きますと、 刑事は声を荒げていいました。 「訳なんて何でもいいんだよ。お前は姉御とか言われる 年増とあの辺りのマーケット廻りしてるんだろ、 訳はそれだけでいいんだ。 そしてお前が店の金を盗んだと白状さえさせれば、 俺の顔が上がるんだ、それでいいんだ、くずやろ。」 その日の取調べが終わり、刑事はつばをぺッと 吐きかけ 「けっしぶとい野郎だ。」 と、出て行きました。 東の空が白々と明るくなり恐怖の一日が始まり 取調べの前、 「何でも良いからやったと言え。」 と無茶なことを言いました。その日も終わり、 あくる朝ズーさんが弁当を届けてくれました。 ズーさんがその時逮捕の経緯を話してくれました。 「夢さんスカシやった時、弁当配り、仕切っただろ、 あれは古株連の役得なんだよ。食い物の恨みは 怖エーからなー。」 ズーさんが返った後又恐ろしい夜がやって来ました。 又朝が来てズーさんが昨日と同じように二食分の弁当を 差し入れてくれました。ズーさんが返り又恐ろしい夜が やって来ると思いながら留置所の隅に小さく 体を丸めて脅えていました。 夕べ一睡もしていないから、うとうとと居眠りが出てきます。 いつもなら署員が眠らせないように怒鳴るのに、 今日は誰も怒鳴りません。 夕方近くなってコツコツと足音が近づいてきます。 ハッとして顔を上げますといつもの刑事ではなく、監視役の署員でした。 署員はいいました。 「あんたも意地悪だねー地元の参議院の知り合いだって 初めから行ってくれればいいのに、最も所長は喜んでいるがね。 柄の悪い刑事を地方へ飛ばす口実が出来たってね。 あんたは感謝状者だよ。」 ズーさんから私の話を聞いた姐御がてをまわしてくれたのでした。 三日目に釈放された私は、姐御に呼ばれました。 「夢お前古株連に嫌われたようだね。 ここの仲間にいたら今度はどんな目に会うか分からないねー、 お前ツーの所へいきな、ズーコーお前ツーに紹介してやりな、 私が宜しく言っていたって。」 そんな訳でツーさんに紹介してもらった私は又一方変わった 食生活を始めることになりました。 今回は姐御の素早い機転で、鬼刑事の恐ろしい責めを 免れる事が出来た私は、ズーさんの案内でツーさんの所へ会いに行きます。 ズーさんは、私が仲間に陥れられた訳と、警察へ連行された 事の経緯を詳しく話してくれました。 「夢さん、大人しい連中に勇気を出して、 欲しい弁当を持って行けと言っただろ、あの連中は、 古株連に睨まれたら、あの溜りで暮らせなくなることが怖いんだよ。 連中には夢さんの親切が身に滲みるほど分かるんだ。 けどなー連中の立場がなー、結局連中を苦しめていたんだなー。 それとなー、刑事だけど、本当の狙いは夢さんじゃなくて、 誰でも良かったんだよー、夢さんでなけりゃ俺だったかもなー 俺も古株連にはよくおもわれてねーしな。 本命は姐御の懐なんだよ、あの刑事ずーっと前から姐御の事 探っていたらしいぜー、夢さんが居なかったし、 古株連は夢さんが邪魔だったし、大人しい連中も夢さんの 親切が煩わしいかったから、刑事に売ってしまったって訳よ。 それをなー姉御はぜーんぶ見通していたんだなー、 さすがー相場師先が読めるんだなー、俺も何時かは 姐御のようによーそーなりてーよ。」 私はズーさんの話を聴きながら、つくづく反省をしました。 「そうかー甘かったなー連中に勇気を持たせてやれば、 古株連の寄り残しではなく、自分たちの好きな物を選べるから 喜ぶと思ったのに、逆に苦しめていたなんて、とんだお節介焼きだ。」 ズーさんは、ツーさんの事も話してくれました。 「ツーさんはなー、料亭の若旦那なんだよ。 親父さんが亡くなってなー、その上頼みの板前が、 ツーさんと意見が合わず辞めてしまったんだってさー。 代わりに雇った板前の腕が悪くて評判が落ちて、店は左前。 それでなー俺、尋ねたんだよ。 (若旦那が何でルンペンなんだよ。) て、ねーそしたらなー、通りかかった地元のルンペンが言ったんだってよー。 (若旦那あんたの店味が落ちたねー、) て、さー。ツーさんはそのルンペンに尋ねたんだってさー。 (ルンペンさんはそんなに美味いもの食べてるのかい。) ルンペンは言ったんだってよ。 (若旦那ーなめちゃいけないよ。ルンペンはいろんな店の残飯 焦ってんですぜー、口の肥えた奴はどんな調味料使ったか 分かる奴も居るんですぜー。) その一言を聞いてツーさんは、店をおっ母さんと妹に任せて 上京したって訳さ。」 そこで世話になったのが姐御って訳さ、姐御はなー (そんな訳ならここじゃー駄目だ、一流料亭の残飯焦って 綺麗に拾い分け、一品一品味を確かめながら頂きな。) てね。」 そんな話を聞きながら、ツーさんの居る有楽町のガード下にある ツーさんのダンボールで囲ったねぐらに着きました。 ズーさんは言いました。 「この時間じゃ食料調達だな」 ズーさんはツーさんのダンボール囲いのねぐらへ入り、 「夢さん入ってまとうよ」 中に入って姐御の話をしていると、外から私たちの会話に 合わせながら入ってきた男、ツーさんでした。 「ズーさんよー、姉さん元気かい。噂は聞いたぜー粋な旅人夢さんだろう。 今度ここの餌場で暮らすんだってなー、宜しくな。」 ズーさんは私をツーさんに紹介すると、築地の溜りへ帰りました。 その後ツーさんにいろんな事を教わりました。 料亭の残飯の拾い集め方、綺麗な食べ方、それは見事なものでした。 朝早く歩き始め、料亭の板前の若い衆が、夕べの残り物や残飯を、 ポリバケツにあけて運んでくる。若い衆が調理場の勝手口まで運んでくると、 ツーさんに言いました。 「あと頼むよ。」 ツーさんは 「お早う何時も悪いなー。」 と、言いながらポリバケツを受け取りました。 ツーさんはポリバケツを持って人通りの少ない所に着くと、 ポリバケツのふたを開け上手に食べ物を拾い上げ綺麗に盛り付けます。 私は感心しました。 (まるで一流の仕出屋の弁当のようだ。) と、その後、ツーさんと一月ほど朝夕食事を共にし、別れました。 それは私の通っていた工事現場の仕事が終わったからです。 ツーさんはささやかながら送別のパーティをしてくれました。 板前の若い衆に頼み、極上の酒と懐石料理の余もの、 私はそれまでに経験したこともない程に美味しい酒、料理でした。 それから工事現場を五六回変わった頃、石川県の加賀市へ行きました。 加賀市の施設の増築で仕事は、わずか十日で終わり、 次の工事現場へ移ることになっていました。 私は何時もの放浪の病が出ていました。東京を出る前から、 石川へ行ったら東尋坊と兼六園だけは、行きたいと思っていましたので、 皆と別れ一人だけ別行動をとりました。 公園へ向かって歩いている時、ふと目に付いたのは、 有楽町のガード下でツーさんと食事を共にしていた頃、 朝夕お世話になった、生ゴミ用のポリバケツが目に付きました。 私は吸い寄せられるように路地へ入っていきました。 気がつくと無意識にツーさんがやっていたようにハッポースチロールの 容器に目ぼしい料理を拾い集めていました。 私はその時、 「ここは築地じゃないんだ、なーにをやっているんだ、」 と、思いつつ拾い集めた料理に、何となく見覚えのある仕出しに、 嬉しくなり好物の白和えを箸でつまみ味をみました。 私は驚きました。 柳橋でツーさんが老舗の料亭の料理を試食しながら、 「これが本当の日本料理だよ」 と讃えた、その時の味そのものでありました。 私は直感しました。 「もしやここはツーさん実家では。」 まさかそーん事ないだろうと、思案しつつ公園のなかへはいりました。 池のほとりを歩いていきますと、内橋亭と書いた料亭らしい建物がありました。 なるだけ人目を避けるように、ポリバケツから拾ってきた料理を食べながら ツーさんの事を懐かしく思い浮かべていました。 その時静かな横笛の音が聞こえてきました。 その音を聞いていますと何かが違うと感じまして、 ふと音の聞こえるほうを見ますと和服姿の女性が、 一吹きしては首をひねりしながら、音を気にしている様子。 私はその女性の左指にきづきました。 (笛の音が、かすれたり下がったりしたのは指の怪我のせいか、 包帯の巻いてある左の人差し指は、吹き口から一番近い穴を押さえる指、 しっかり押さえられなければ全部音が外れることになる、) と、そんな風に思いながら聞いていました。 何を思ったのか女性は私のところへ来ました。 そして私に言いました。 「美味しそうね、貴方この辺では見かけない人ね、 私の笛聞いてどう思った。何か気付いた。」 私はとっさに答えました。 「人差し指使えなくっちゃ下の指の音は決まらないよねー、」 私がそう言った時、女性の顔色がさーッと血の気をひくように変わりました。 女性は私の顔を覘く様に見ながら言いました。 「貴方素人じゃないようね、微妙な音のずれが分かるなんて、 大したものね、何処で修行したの、良かったら私の手伝いしてもらえないかしら、 一度吹いて聞かせてくれない。」 私は女性の差し出す横笛を受け取り、 「どんな曲を吹くの」と尋ねました。女性は 「宮城県のさんさしぐれ吹ける。」 と言いました。私は笛を手に吹き始めました。 すると女性は、 「もう少し静かに、細い音で、緩やかに、優しく。」 と、言います。 私が一曲吹き終わると、女性は言いました。 「とにかく私の家へいらっしゃいよ、 お風呂入って着物に着替えて、支度しなくっちゃ。」 何もかも私が承知したかのように、一人で決め込んでいます。 止む無く女性に言われるまま付いて行きました。 というより何時もの悪い癖が出たという方が正解かもしれません。 女性は大金持ちの愛人だったらしい、が二年ほど前に旦那が亡くなり、 趣味の横笛を活かして、料亭で影笛吹きで生計を立てていたのです。 女性の名前は直子といいました。 雨の降る日の仕事の帰り、暗い夜道を歩いている時、小石に下駄の歯が乗り、 転んだ拍子に、雨傘を持っていた左手の人差し指を、どういう訳か 骨折してしまっていたそうです。 女性に尋ねました。 「俺は何をすればいいの、」 女性は言いました。 「私の変わりに笛吹いて、影笛は照明で姿を障子に映しながら吹くの、 私の影を障子に映し、貴方が笛を吹いてくれればいいのよ。」 そんな訳で影笛吹きの、影役を務めることになりました。 その夕昏早速料亭へ行きました。そこで意外な人に出会ったのです。 全く偶然でした。料亭の女将に挨拶に行きますと、女将と配膳の打ち合わせを していた板前は、なんと有楽町のガード下で暮らしていた、ツーさんでした。 二人で挨拶をした時、 「おーあんたは夢さんじゃないかー夢さんだろー、懐かしいなー こんな所まで逢いに来てくれたのかーい、えー、 夢さん嬉しいじゃないかえー、夢さんよー。何処に泊まってるんだーい。」 私は戸惑いながら答えました。 「妙な縁でこちらのお姉さんに、やっぱりツーさんの料理だったのですね、 あの白和え。」 「夢さんもう舌調べしたのかい、さすがだね、」 私とツーさんの話を聞いていた影笛吹きの女性は、 「若旦那さん、夢さんの事ご存知だったのですか、 何処で?どんな訳で、夢さんってどういう人なんですか、 いったい?、私には大工さんだって言いましたよね。 横笛は一流だし、料理の味には煩いし。」 ツーさんは女性の話を聞いて驚いたようにいいました。 「ヘー夢さん横笛も吹けるの、それは知らなかったなー。 器用な人だとは聞いていたけど。」 直子と名乗った女性は女将に訳を話し、私の影役の影笛で無事に その日の仕事を終わり、帰りました。 そうして一月ほど過ぎました。そんなある日の早朝四時ごろ ツーさんが女性と私の住む家にやってきました。 ツーさんは私を外に連れ出して言いました。 「夢さん直ちゃんは何も話さなかったのかい、実は直ちゃん、 大変なことになっているんだよ。」 ツーさんの話では、性質の悪い流れ者のチンピラが、 直子が元金持ちの愛人で、金持ちの旦那が亡くなり、 一人暮らしで影笛吹きの人気者と聴きつけ、 何とか口説き落として紐になろうとしている。 そんな訳だから、夢さん直子が好きだったら、 東京へでも連れて逃げるようにしな。 もし関係がないのなら、取りあえず築地の ズーさんの所へ連れて行き、身を隠させなよ。 チンピラは流れ者だから精々一、二年で草鞋を履く筈だ。 居なくなったら俺が迎えに行ってやるよ。 と、言うような騒ぎになりました。 私も丁度良い機会と思い、女性を連れて 築地のズーさんを尋ねました。 ズーさんを頼りに姐御に頼んでみようと思っていましたが、 姐御は戦争でビルマへ行った旦那が、終戦の時日本へ帰らず、 現地に残り、現地で生産業を興し、成功して更に貿易会社を営んでいる。 と、言うことで、その頃姐御の手解きを受け、 一流の相場師になっていた、ズーさんに住まいのマンションを買ってもらい、 旦那の住むビルマへ行ったという事で、女性の将来の全てを 赤坂の高級マンションに住む、ズーさん夫妻一家に託し、 私は又放浪の旅に出ました。 その十年後、自由ケ丘の高級団地に立った、 豪邸の内装工事をやった時、時々工事の様子を見に来る、 奥様と呼ばれる婦人に会った時、私は肝が潰れるようでした。 その人は私が姐御の言い付けで福島の山奥へ迎えに行き、 娘を入院させた、あの時のズーさんの奥さんだったのです。 ズーさんはバブルの景気に乗り、当時一流の会社を五社経営する 大実業家になっていたのです。 奥様になったズーさんの奥さんは私に言いました。 「主人は夢さんが会社起こすんなら資本を出してもいい、」 と、言いました。 「私が会社なんてとんでもない。」 と、遠慮しました。 私が連れてきた女性は一年後、ツーさんが、性質の悪いチンピラは 他所の土地へ流れていったと、迎えに来たそうです。 その頃の私は所帯を持ち、硬く暮らしていました。 ルンペンの巻終わり。 < 前のページ次のページ >
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